島津重豪は長崎より入手できるヨーロッパの学問、蘭学を非常に好んだ。オランダ商館から入手できる知識・技術・文化・言語を学ぶが、のちに「蘭癖大名」と呼ばれることとなる。重豪をはじめ彼の実子である豊前国(現、大分)中津藩の奥平昌高(まさたか)や筑前国(現、福岡)福岡藩の黒田斉溥(なりひろ)、そして曾孫の島津斉彬などが「蘭癖大名」と呼ばれている。重豪はティイィングやロムベルグ、ズーフら歴代オランダ商館長と親交を持ち、シーボルトと会見するなど、海外の情報文化に強い関心を示した。藩で世界地図を作成し、自らもローマ字を書き、オランダ語を話すなど、鎖国的状況の日本では類を見ないほどの藩主であった。幼少時にその教えを受けた斉彬は重豪の教養を基盤として集成館事業を興すのである。