尚古集成館-今なお残る近代国家への息吹-

薩摩・島津家の歴史

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平安時代鎌倉時代室町時代安土桃山時代江戸時代近現代

竹姫

(たけひめ) 宝永2(1705)年〜安永元(1772)年


雛道具・琴
竹姫墓(福昌寺)
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解説

 5代将軍徳川綱吉の養女で島津継豊の室。公家清閑寺大納言凞定の娘として京都で誕生し、叔母が綱吉の側室であったことから綱吉の養女に迎えられ江戸へ赴く。宝永5(1708)年に綱吉の養女となり、会津藩主松平正邦(まさくに)や有栖川宮正仁(まさひと)親王と婚約するも、相次いで婚約者が死去する。享保14(1749)年に心配した将軍徳川吉宗や天英院(てんえいいん、6代将軍家宣[いえのぶ]夫人・近衛基凞[もとひろ]娘)が継豊との縁談を斡旋し、竹姫は吉宗の養女となった上で2人は結婚する。
 享保18(1733)年に女子・菊姫を出産。継豊死後は重豪の養育に励む。重豪は言語・容貌を京・上方風に改めるべき命を出すなどよう命じるなど開化政策を推進するが、これは竹姫の影響を受けたからであると言われている。安永元(1772)年、68歳で逝去。尚古集成館蔵「葵牡丹紋七宝繋蒔絵雛道具」(鹿児島県指定文化財)は竹姫入輿の際の持参品であると伝えられている(異説あり)。