尚古集成館-今なお残る近代国家への息吹-

薩摩・島津家の歴史

トップページへ


トップページ > 薩摩・島津家の歴史

1000
120013001400150016001700180019002000
平安時代鎌倉時代室町時代安土桃山時代江戸時代近現代

豊後攻め

(ぶんごぜめ)


大友氏館跡
写真をクリックすると拡大ページが表示されます。
解説

 天正14(1586)年、九州統一に向けて大友氏の本拠地豊後国(現、大分)へと攻めこんだ。島津義久の弟、義弘は肥後国(現、熊本)から、末弟家久は日向国(現、宮崎)から進撃、大友氏家臣団の離反が相次ぎ、大友氏の領国支配は完全に崩壊した。戸次川の戦いで豊臣・大友連合軍を打ち破った島津軍は北上を続けた。大友氏当主義統は居城府内(現、大分市)を捨てて逃れ、前当主の宗麟は臼杵城に籠もり大砲で島津軍を威嚇するも、戦局は圧倒的に島津氏にとって有利であった。しかし一方で戦線が長引き、経済的に苦しくなった島津軍は余裕のない中で豊臣政権の大軍を迎え撃つことになった。