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薩摩・島津家の歴史

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平安時代鎌倉時代室町時代安土桃山時代江戸時代近現代

十字紋

(じゅうじもん)


丸十紋
十字紋
桐紋
牡丹紋
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解説

 島津家の家紋としては十字紋・桐紋・牡丹紋が存在する。一番有名な十文字紋は島津忠久が源頼朝から授かったものとされ、当初は丸がない「十」字紋であった。これは、2匹の龍を象ったものという伝承がある。また、文治5(1189)年の奥州藤原氏攻略の際に源頼朝が箸で十字の形をつくってこれを家紋としたという言い伝えもある。島津家の初代忠久所用と伝えられる赤糸威大鎧(あかいとおどしおおよろい、鶴嶺神社蔵・重要文化財)や『蒙古襲来絵詞』に十字紋の旗を掲げた島津勢が描かれていることから鎌倉時代には島津家の家紋として確立していた。ザビエルが鹿児島を訪れた際に、島津家一族が紋章として「白い十字架」を使用していたことに驚いた、という記録がある。これが16~17世紀頃に丸十文字紋へと変化するが、その具体的な変化時期や理由は明らかになっていない。
 なお、島津家以外にも内藤家や小笠原家も十文字紋を家紋として使用している。