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薩摩・島津家の歴史

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平安時代鎌倉時代室町時代安土桃山時代江戸時代近現代

立花 宗茂

(たちばなむねしげ)永禄12(1569)~寛永19(1642)


祝吉御所跡
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解説

 大友氏の武将。高橋紹運の子であり、同じ大友氏家臣の立花家の養子となった。実父紹運とともに筑前国で島津軍を迎え撃ち、紹運が亡くなった後も立花城(現福岡県新宮町)で抵抗する。攻め落とすことを諦め撤退する島津軍を追撃し、大損害を与えている。豊臣軍の到着後、大友氏から独立した大名となり筑後柳川を領有した。朝鮮出兵の際には島津軍とともに明軍を打ち破る活躍を見せた。慶長5(1600)年の関ヶ原の戦いでは西軍に属し敗北、島津義弘と大坂で合流し、共に船で九州へと落ち延びる。徳川家康により柳川13万石を没収され、一時浪人の身分となるが、のちに陸奥国(現、福島)棚倉1万石(のち3万石)を与えられ大名に返り咲き、元和6(1620)年、柳川10万石を回復した。