尚古集成館-今なお残る近代国家への息吹-

薩摩・島津家の歴史

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機械工場

(きかいこうじょう)


機械工場
機械工場壁面
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解説

 日本初の本格的洋式石造建築物。別名ストンホーム。文久3(1863)年の薩英戦争で焼失した集成館の跡地に、島津忠義が建設させた。元治元(1864)年に建設がはじまり、慶応元(1865)年に竣工した。建設を担当したのは薩摩藩の技師・竹下清右衛門。竹下は文久元(1861)年長崎に派遣され、オランダ人が建設した長崎製鉄所(現三菱重工業長崎造船所)を視察している。この頃から建設計画が進められていたと思われる。長崎製鉄所の建物を参考に建設されたらしく、外観や内部の基本構造は西洋式であるが、西洋の建築家が造ったのであればありえない太い梁や神社でよく見られる亀腹石などが存在している。レンガの代わりに幕末薩摩藩の建築物で見られる溶結凝灰岩が使用されているのも大きな特徴である。  明治4(1871)年の廃藩置県の際に官有となり、翌年に鹿児島製造所と改称され陸軍に移管される。同7(1874)年に海軍の所管となり鹿児島造船所と改められる。西南戦争時には一時私学校に占拠された。明治22(1889)年に島津家の所有となって製糖工場の倉庫として利用された。大正8(1919)年に島津忠重は機械工場の改築、その際に玄関部が増設された。博物館尚古集成館として同12(1923)年に新たなスタートを切る。国の重要文化財に指定された。