尚古集成館-今なお残る近代国家への息吹-

海洋国家薩摩

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志布志

(しぶし)


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解説

 大隅半島東部に位置する地。平安時代には島津荘の要港であったといわれ、南北朝期には島津奥州家の拠点となった。江戸時代には大坂・琉球へ物資を運ぶ中継地として活用される。
 志布志の中核ともいえるのが、臨済宗寺院の大慈寺である。島津氏久は大慈寺住職を明に派遣し、外交の締結を求めたが失敗する。しかし、帰国時に大蔵経2巻を入手、1巻を京都の東福寺に、もう1巻を大慈寺に納めた。16世紀末には琉球との交渉を担当、琉球侵略の際にも使節として同行している。江戸時代には琉球人の僧侶が同寺で修行を励んでおり、琉球僧の墓も残されている。