欧米文化の受容
(おうべいぶんかのじゅよう)





写真をクリックすると拡大ページが表示されます。 南九州の人々は海からもたらされる文物を受け入れる精神を持っていた。日本ではじめて鉄砲が作られ、キリスト教がはじめて布教されたのも、ただ最初に伝来したからというだけではなく、自らすすんで受け入れ、あるいは独自に開発する能力がなければなし得ることができない。
戦国期、南九州の史料には南蛮酒・南蛮犬の記載が見え、近世鹿児島城下ではカステラが特産品であった。島津重豪は砂糖漬けを娘に与えている。また、近代日本の洋画をリードしたのも薩摩藩出身の黒田清輝・藤島武二らである。このように南の海の窓口薩摩には数多くの舶来品が訪れ、そこに住む人々はその品々を愛したのであった。








