尚古集成館-今なお残る近代国家への息吹-

集成館事業とは

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集成館事業とは |2015年7月 世界文化遺産 登録|

■鹿児島の近代化遺産
■日本の近代化産業遺産群

 19世紀、イギリス・フランスなど西欧列強は強大な軍事力を行使して、アジア・アフリカ諸国を次々と植民地化していた。1840年にはじまったアヘン戦争でアジアの大国であった清(中国)がイギリスに大敗すると、日本でも西欧列強に植民地化されるという危機感が強まり、西洋の科学技術を導入した軍備の強化が図られるようになった。
 造砲・造船をはじめとする幕府・諸藩の取り組みは、「鎖国」体制下にはじまったため、蘭学書から西欧の知識を習得し、それを在来技術と融合させるという独自の手法で、近代化・工業化が進められ、多大な熱意と創造力をもって試行錯誤を繰り返したことが、その後の急激な近代化・工業化に繋がったといわれている。この近代化・工業化の足跡は九州・山口を中心に日本各地に残っており、「九州・山口の近代化産業遺産群―非西洋世界における近代化の先駆け―」として、ユネスコの世界遺産の暫定リストに記載された。九州・山口以外の地域の産業遺産群も構成資産に含まれたことから、「日本の近代化産業遺産群―九州・山口及び関連地域―」と名称が改められ、2013年4月には推薦書案が国に提出された。さらに「明治日本の産業革命遺産―九州・山口及び関連地域―」と名を改め、2013年9月に世界遺産に推薦、そして2015年7月5日に「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」の名称で世界文化遺産に正式登録された。
 構成資産の中でも鹿児島は、斉彬と彼の遺志を継いだ人々たちの近代国家への情熱を今でも感じることができる地域である。
日本の近代化産業遺産群