尚古集成館-今なお残る近代国家への息吹-

集成館事業とは(世界遺産登録へ)

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旧集成館機械工場

(きゅうしゅうせいかんきかいこうじょう)


機械工場1
機械工場2
機械工場3
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解説

 日本最初の本格的洋式石造建築物。別名ストンホーム。薩英戦争を経て、島津忠義が集成館事業を再興させるが、本建築物は慶応元(1865)年に竣工した。建設に関しては、長崎にて西洋建築物を見た者が作ったようであり、外観や内部の基本構造は西洋式である。しかし、西洋の建築者が作ったとは思えない梁などが存在している。また、レンガの代わりに幕末薩摩藩の建築物でよく見られる溶結凝灰岩が使用されているのも大きな特徴である。
 明治4(1871)年の廃藩置県の際に官有となり、翌年に鹿児島製造所と改称され、陸軍に移管される。同7(1874)年に海軍の所管となり、鹿児島機械所、のちに鹿児島造船所と改められる。西南戦争時には私学校に占拠された。戦後、民間に払い下げられた後、明治22(1889)年島津家の所有となって製糖工場の倉庫として利用された。大正8(1919)年に島津忠重は機械工場の改築を開始、博物館尚古集成館として同12(1923)年に新たなスタートを切る。昭和37(1962)年に国の重要文化財に指定された。