尚古集成館-今なお残る近代国家への息吹-

島津家が育んだ文化

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花尾神社

(はなおじんじゃ)


境内
丹後局の墓
丹後局腰掛け石
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解説

 鹿児島市花尾町にある神社。建保6(1218)年に島津忠久が父源頼朝と母丹後局を祀ったとする由緒を持つ。幕末の説では高倉王(以仁王[もちひとおう]、後白河天皇皇子)を祀っている、とされた。これは以仁王こそが忠久の父である、という説が幕末に大勢を占めていたからである。境内周辺には「丹後局の墓」や「丹後局の腰掛石」などが残されている。山岳信仰の対象であった場所とされているが、13世紀後半から島津氏との関係が密接になり、歴代当主が社殿の修造を行っている。江戸時代に入ると、頼朝・丹後局を祀る場として藩内に浸透し、琉球使節も数度参詣している。